鯨飲馬食

いろいろつまみ食いで勉強したことのメモ書き

信頼されるレビューアになるには?

私が居るソフトウェア開発の現場の、設計やソースコードのレビューに関する話。

難易度、重要度が高い案件に対しては、特定のメンバーがレビューアとして割り当てられることが多いが、そこで選ばれるような信頼されるレビューアにどうすればなれるのか?という相談をチームメンバーから受けた。

相談してくれた方は、レビューをうまくできるようになろうという方向で、レビューに関するアクションを仮案として出してくれた(仮案を持ってきてくれるのとてもいい)のだけど、私の方でうまく行くイメージが浮かばなかったので深掘りして考えてみた。

そういった案件のレビューアを私が割り当てる時、レビューのうまさで選んでいるかというと、そうではなくて、

  • 設計能力の高い人
  • 問題検出能力の高い人

を選んでいるように思う。

設計能力

レビュー対象の成果物が作られた過程を想像する。脳内でその過程を追体験し、設計の選択の妥当性を確認していく。複数の選択肢が出てくる場面で、妥当そうな選択肢が複数思い浮かぶ場合は、判断理由を聞いてそれが納得できるものであるかを確認する。

問題検出能力

レビュー対象の成果物が利用されている様を想像する。脳内で利用シーンを思い浮かべ、もし良くないことが起きるとしたらどういうことかを考え、成果物にその要因となるような欠陥がないか確認する。

業務知識

対象領域の業務知識に詳しい人を、レビューアとして選ぶこともある。でもその時は、その領域での設計能力や問題検出能力に期待して選んでいる気がする。周辺の経験があり知ってるだけだと、難易度、重要度の高い案件の最後の砦的なレビューアとしては選ばない。知っていて、かつ、鼻が利く人を選ぶ。

そうなるには?って話に戻ると、業務の対象とする領域を絞ってまずはそこのエキスパートになる過程で、設計能力や問題検出能力を磨くというのはありだと思う。ただし、主題である信頼を受けているレビューアの方々は、複数の領域について詳しく、かつ、新たな領域に詳しくなるのもすんなりされている感じがある。対象領域の具体的な知識、経験から抽象的な理解を導いていて、他の領域に行く時は何らかのアナロジーを活用してるんじゃないかと想像する。ただの想像だけど。

強いレビューアになるには

レビューのうまい人というのは結果としてそう見えているのであって、そうなるには上で書いたような能力が必要そう。

レビューの結果として目に見えるのは見つけた欠陥くらいだし、もし過程を観察していたとしても、設計能力や問題解決能力が発揮されているのは脳内の思考がメインで、他の人には見えないところでの活動が多い。なのでレビュー工程だけに注目してうまくなろうと頑張るのは、周囲を見て学ぶことの効率が良くなさそう。それよりは、レビューの前工程である設計に習熟するとか、後工程である成果物の活用とそこでの問題検出に習熟するとかに力を掛ける方が、要求される能力を付ける事に対してより直接的で効果があると思った。

偏り

私がレビューアをどう選んでいるかを思い起こして、選ばれる条件を考えてみたが、自身がレビューする時のやり方が念頭にあって、それに引きずられている感じがする。他の人はどういう風にレビューを進めているのか、どういう風にレビューアを選定しているのかは気になる、知りたい。

学び

「〇〇ができるようになるには?」と聞かれて考えるとき、対象の「〇〇」という活動だけに注目して考えても、いい答えにはたどり着けないことがある。そういう時に、実際に「〇〇」ができている人の集団を考え、スコープを「〇〇」以外にも広げて、該当する人々の共通部分、出来てない自分との差分を考えることは一つの方法とわかった。

「物理学者のすごい思考法」を読んだ

橋本幸士さんの「物理学者のすごい思考法」を読んだ。

目にした事象に対して、そこに存在している新たな問題を見つけるための「なぜ?どうして?」という問い。 訓練のためなのか、研究対象だけでなく普段から身の回りのことに対してもその問いを発する性質は、大学院生の頃の自分の周りの人々にもあったなと、懐かしい気分になった。

問題発見が大事なのは物理の研究に限ったことではないが、その力を鍛えるための行動として、普段から訓練しておくのはありだな。「たこ焼きの半径になぜ上限が存在するのか?」などと、普通は気にせずやり過ごしていることに対して、あえて疑問を投げかけてみる。やってみよう。

終盤に掲載されていた、花の美しさの理由を問うことから、物事と物事の間の美しい関係性が導かれる話。そんな背景があったのかという発見の気持ちよさが伝わってきて、ワクワクした。

本屋でたまたま見つけて面白そうと手に取りましたが、読んでみたら本当に面白かったです。

問題解決の前に、問題発見すること

細谷功(ほそやいさお)さんの「問題発見力を鍛える」を読んだ。

問題発見力を鍛える (講談社現代新書)

問題発見力を鍛える (講談社現代新書)

問題発見の第一歩は、「未知の未知」の領域を常に意識して「既知の未知」(新たな問題)に変えていく、「無知の知」の世界観。多くの人は「未知の未知」はハナから存在しないものとして、既知のことと「既知の未知」までしか意識しないのに対して、何か自分に見えていないものがあるんじゃないか、見ていないものは当然あるだろうと考えることで、未知の未知の領域から新たな問題を定義していく。

「見えないもの」を対象としていくということで、そういった指向の先には、リーダーシップの旅~見えないものを見る~ (光文社新書) に書かれているような、見えないものを見たリーダーが、それを周囲のフォロワーに伝えていく話にも繋がっていくと思った。実際、「問題発見力を鍛える」の第5章では、コミュニケーションギャップは物事を具体レベルで見るか抽象レベルで見るかの違いから来ると書かれている。まずはその違いがあること認識して、互いの見え方を知ろうとすることが、コミュニケーションギャップを埋め、一緒に歩む関係性の構築に繋がると思う。

問題が与えられた時には、それをいきなり解くのではなく、そもそもの理由を問い、背後にある新たな問題を見つけた上で解きにかかること。問題解決のための問いであるHowの前に、問題発見のための問いであるWhyを問うことで、より根本的な問題を定義するステップを踏む。これにより、アナロジーを利用して問題解決をしたり、あるいはより影響範囲の広い問題を解決し、大きなインパクトを出すことが可能になると感じた。

思考停止して常識を受け入れるのではなく、常識を疑いその理由や背景を考えることは、コンピュータでプログラムがうまく動かない時に、フレームワークの中で考えるのか、フレームワークも可変として考えるのか、という話と関連があると思った。自分が書いてるプログラムだけでなく利用しているOSSライブラリにも手を加えられるという視点を持つことは、ライブラリ、フレームワークをただ受け入れることからの脱却だし、ポール・グレアムBeating the Averages で書いた、Lispのマクロを使って言語を強化する話は、プログラミング言語をただ受け入れることからの脱却だと思う。自由度(抽象度)を一旦上げて考えることで、新たなフレームワークを再定義し、その上でより最適な問題解決が可能になる。

問題発見に関する本と言えば、 ライト、ついてますか―問題発見の人間学 を時々引っ張り出して見直すことで狭くなった視野を広げるのに使っていたが、今回出会った問題発見力を鍛える (講談社現代新書) も、すぐ引っ張り出せるように手の届くところに置いておこうと思う。

父の葬儀

2021年1月23日に、長いこと入院していた父が亡くなった。 実家でリモートワークしてたので、容体が良くないという知らせを受けてすぐ会いに行けたのは幸いだったが、半年前に亡くなった祖母(父の母)に続けて身近な人が居なくなってしまった。

父はキリスト教徒だったので、祖母の時と同様に、私も子供の頃日曜学校に通っていた教会で、葬儀をした。

前夜式の挨拶では父の性質について話した。

周囲への要求について、父は、遠慮することなく、して欲しいことを率直に、正直にお願いする人でした。時にはそれほど親しくない、ちょっと知り合っただけの人にもグイグイ行くので、戸惑われることも少なからずあったろうと思います。遠慮なく厚かましいくらいにお願いをするのですが、それに応じてもらえた時には、してくれたことに対して心から感謝をしていました。また、断られてもマイナスに捉えませんでした。周囲の皆さまや、世界中のあちこちにも親しい友人を持っていたのは、そういう率直な態度と、感謝を忘れないことによるものだと思います。

私自身も、言わないで後悔するより言って後悔する方が良いと、遠慮せず主張をすることが多い気がするが、そうするようになったのは父の影響もあるのかな。周りへの感謝も忘れないようにしよう。

葬儀式の挨拶では甘いものが好きだった父について話した。

我が家では、家族の誕生日にはケーキを買ってきて誕生会をするのが恒例です。家族が集まって、切り分けたケーキを囲み、みんなで話をする時間を、父はいつも楽しみにしていました。 入院生活で体力が落ちて胃ろうになり、美味しいケーキを口にすることも禁じられた父でしたが、おととしの12月、誕生日にケーキを買ってくるようにと妹に言いました。自分は食べられなくても、家族でケーキを囲んで話をする時間を大事にしたいのだと思い、こっそり病室にケーキを持ち込んで、みんなで父の誕生会をしました。 大好きなケーキを目の前にして、結局我慢できずにせがんで、一口だけクリームを舐めさせてもらい、とても幸せそうな顔を見せていたのが印象に残っています。

好きな気持ちを正直に出しただけかもしれないが、子供のように無邪気に一口頂戴と何度もせがんで、周囲を笑顔にしてくれたのはさすが。私もそれくらい突き抜けて、好きなもので自分も楽しみつつ、周囲も楽しくしていきたいな。

「NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法」を読んだ

深い相互理解に至るためのコミュニケーション手法についての本。自身の要求を表現すること、他者の要求を聞き取ることについて実例を出して書かれていた。

要求を曖昧にせず、明確にすることが相互理解に繋がるのは自分のこれまでの経験でもあったが、相互理解の再現性を高めるための具体的なコミュニケーションの方法が学べたのはよかった。

若干異色を放つのが第9章。他人とのことではなく、自分自身との関係づくりについて書いている。

楽しくないのについつい「〜しなければならない」と考えやっていることについて、「〜しなければならない」を「自分で選択して〜する」と翻訳して、その選択の動機を自らに問いかけて見つけることで、そんな動機だったらやめちゃえとなったり、あるいはそんな素晴らしい動機があったのだと気づいて楽しめるようになる。

今度「〜しなければならない」に自分や周りの人がとらわれていることに気づいたら、立ち止まって動機探しをしてみよう。

NO RULES - 世界一「自由」な会社、NETFLIX

失敗を公表することの効果や、分散型の意思決定の話など興味深いトピックが次々と出てきて、自分の環境との共通点と相違点を考えつつ読んだ。

判断のために必要となる情報を共有し、それを用いて社員がそれぞれの持ち場で意思決定をするというのは、スピード上げるのに効きそう。自分の環境では、元からあったデータ活用の基盤に加えて、意思決定の記録や、周囲の取り組みの共有が最近進んできた感じがする。情報活用して現場での意思決定に取り組んで行く。

フィードバックのガイドラインの 4A (フィードバックを与えるときの AIM TO ASSIST、ACTIONABLE、フィードバックを受けるときの APPRECIATE、ACCEPT OR DISCARD) は覚えておこう。言いたいこと言うだけとか、言ってるからひとまず聞いとこかといった、浅い関係性を超えて、良いフィードバックをやり取りする関係性の構築に役立ちそう。

自分の環境では、1on1 でマネジャーやチームリーダーとメンバーで対話する機会は毎週取っているものの、フィードバックはマネジャー/チームリーダー→メンバーの方向がほとんどな気がする。時々メンターとクライアントの関係を逆転させて1on1してみるとか、斜めでの1on1とかするとフィードバックの交換を盛んに出来るかもしれないと思いつつ、思ってるだけで動き出せてない。やりたい。

最後の節で取り上げられていたのは、文化的な行き違いへの対処として、しっかり対話をしてお互いに適応する努力をすること。4つのAに5つ目のA (ADAPT) を加えており、ここでは一つ気づきがあった。

自分が伝えたことが意図と違う伝わり方をしたと感じる出来事があった。対話の中で深掘りして、持っている周囲の情報の違いが要因と思いギャップを埋めるために個別に情報をインプットしていた。しかしそれは一方的に相手の適応だけ求めていたことになる。自ら適応していく方向も合わせて考えられたら、より広い範囲に影響を出せるかもという気がした。考えて何かやってみよう。

カルチャーについて書かれた本としては、 Joy, Inc. と並んでお気に入りの本になった。しばらくしたらまた読み返してみたい。

ジョイ・インク 役職も部署もない全員主役のマネジメント

ジョイ・インク 役職も部署もない全員主役のマネジメント

リーダーシップの旅〜見えないものを見る〜

リーダーシップとは何か、リーダーシップの根源はどこにあるのかについて、著者二人が考えをひたすら語ってくれている本。

他の人には見えないものを見て、あるいは見ようとして旅に出る。旅を進める中でフォロワーを得て、さらに進んで、見えなかったものが他の人にも見える状態に到達する(旅から生還する)ことでリーダーになる。

その人にとっての「他の人には見えないもの」が何なのかを知るには、自分の内面に向き合うこと。それに関して、ナメクジの跡のたとえが印象に残った。ナメクジが這った後に残る白い線、馬車が去っていったあとの轍がキャリア。

自分はどこに向かっていくべきなのか悩んでいたが、もしも自分が既に旅に踏み出しているとしたら、これまでやってきたことをふりかえることで、向かう先を知るヒントが得られるのではないか、地に足をつけて歩んできたからには何らかの跡が残っているのではないかと期待して、考えを巡らせはじめた。